親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
オフィスで、お家で、サードプレイスで……さまざまな仕事スタイルが増えた昨今。しかし、どこで働いていても仕事の悩みはつきまといます。連載企画「専門家に聞く!WORK GOOD」では、そんな悩めるワーカーのモヤモヤを解消し、スッキリとした気持ちで仕事に臨むためのヒントを、さまざまな分野の専門家が解説します。
映画を見たいけど、毎日忙しくてなかなか観る余裕がない……。そんなビジネスパーソンにおすすめなのが、平日の仕事終わりにサクッと見られる90分ほどの映画です。
第23回は、映画研究者で熊本大学大学院 人文社会科学研究部 准教授の伊藤弘了さんに、仕事終わりに気軽に楽しめる約90分の映画を3本ピックアップしていただきました。伊藤さんの視点から見た映画鑑賞の魅力や、映画をより学びの多いものにする「鑑賞のポイント」も必見です。
映画の知られざる効用は「自分自身の状態を相対化できること」
多くの人にとって、映画は娯楽のひとつです。莫大な制作費とプロの技術が注ぎ込まれた映像と音声に圧倒されるだけでも、非常に贅沢な体験ですよね。何よりもまず、楽しみのために見る。それでまったく問題ないわけですが、向き合い方によっては、自分自身を知るきっかけにもなります。そこに、映画鑑賞の奥深さがあると思います。
劇中にはさまざまな人物が登場します。どんな状況下でも冷静沈着にリーダーシップを発揮できる人もいれば、危機的な事態を前にしてパニックを起こす人もいるし、欲望に身を任せて堕落する人、逆境に打ち克って成長する人もいる。
そうした他者の物語に浸っていると、自分自身の状態を相対化して見つめることができます。今の自分は余裕を失っていないか。そのために他者への想像力を欠いて、同僚たちに冷淡になりすぎていないか。自分に厳しすぎるのではないか。逆に慢心していないか、と。自分を客観視することが求められるビジネスパーソンには、ぴったりだと思います。
近年は、映画を倍速視聴したり、作業中に流しっぱなしにしたりする人も増えていますが、どうせまとまった時間を画面の前で過ごすのであれば、単に流し見するのではもったいない。自分なりの軸をもって鑑賞に臨んだ方が、結果として得られる楽しみも大きくなるーーつまり、“コスパ”も“タイパ”も良くなるというのが私の考えです。
ビジネスパーソンにおすすめの約90分映画3選
今回選んだ映画はいずれも90分程度と短めなので、仕事の後にも気軽に楽しめます。あらすじとあわせて注目ポイントを解説しますが、それが唯一の正解というわけではありません。ぜひ、自分なりに気になるポイントを探しながら見てください。
① 『リバー、流れないでよ』(山口淳太監督、2023年、86分)

© ヨーロッパ企画/トリウッド 2023
京都の老舗旅館を舞台に、従業員や宿泊客といった登場人物たちが延々とタイムループを繰り返す、コメディタッチのSF映画です。
仲居として働いている主人公は、ある日突然、他の従業員、宿泊客たちとともに2分間のタイムループに巻き込まれてしまいます。ループしても記憶は引き継がれるため、主人公をはじめとする従業員は混乱に陥りつつも、宿泊客を落ち着かせるために懸命に対応します。
一方で、宿泊客の一部は「このまま時間が流れず、仕事をしなくてもいい状況が続いてほしい」という思いから、ループの継続を望むように。「どうせループするのだから」と投げやりな行動を取る人も現れ始め、事態はややこしさを増していきます。散々ループを繰り返し、ままならない状況が続く物語が、どのような結末を迎えるのか、ぜひ自分の目で確かめていただきたいです。
この映画の注目ポイントは、2分間のループという制限がかかることによって時間の重要性が増し、登場人物たちが限られた時間と真摯に向き合うようになる点です。私たちは普段、彼らほど時間を大切にできているでしょうか。仕事に追われて家族やパートナーとの時間、趣味の時間が後回しになっている方は、あの濃密な2分間の繰り返しを通して自分に問いかけてみてほしいです。コミカルではありますが重要なテーマが詰まった、奥行きのある作品だと思います。
②『千年女優』(今敏監督、2002年、87分)

© 2001 千年女優製作委員会/発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス Blu-ray&DVD発売中
アニメーション界の天才/鬼才と称され、46歳の若さで早逝した今敏監督の代表作の一つです。文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞(宮﨑駿監督の『千と千尋の神隠し』と同時受賞)をはじめ、国内外の数々の賞に輝いている名作です。
物語は、引退して久しい大女優のもとを映像制作会社の社長が取材に訪れ、彼女の“女優”人生をたどり直していくというかたちで展開します。しばしば虚実が入り混じり、どこからが人生の話で、どこからが映画の話なのか判別しがたくなっていきます。また、彼女が出演した映画と映画のシーンがシームレスにつながれ、作品間の区別も曖昧化されています。
彼女はまさに、女優という仕事と実人生が一体化したような人生を送り、それをまっとうしたわけです。観客を置き去りにしかねない衝撃的な最後のセリフから、平沢進が手がけるエンディング曲への流れが非常に美しいです。最後のセリフをどう解釈すればいいかについては、ぜひ布団に入ってから考え続けてみてください。
見た後は心地よい混乱を感じられます。物事を素早く処理することが美徳とされ、なんでもAIが答えてくれる現代において、あえてモヤモヤを抱えておく時間はかえって貴重なものになるはずです。
仕事も、常に即断即決すればいいというものではないですよね。なかなか結論が出せないことを自分の中で抱えておくと、ふと何かがつながる瞬間が訪れることもあります。そうした余裕を確保する大切さを、この作品の鑑賞体験を通して実感してほしいです。
ちなみに『千年女優』の世界観が気に入った方には、ぜひ同監督作品の『PERFECT BLUE』も見てほしいですね。夢と現実が溶け合って狂気の世界に陥っていく感覚を、もっとダークなストーリーと演出にのせています。
③ 『十二人の怒れる男』(シドニー・ルメット監督、1957年、96分)
社会派として知られるシドニー・ルメット監督の初劇場作品です。古い白黒映画のためとっつきにくいと感じるかもしれませんが、断じて「説教臭くて退屈な名作映画」ではありません。文句なしに面白い極上のエンタメ作品なので、騙されたと思って見てほしいです。
作中では、とある殺人事件の陪審員として集った12人の男たちによる議論の様子が描かれます。有罪となれば死刑は免れない事件ですが、裁判中から有罪で間違いないという空気が流れており、陪審員たちもさっさと有罪の評決を伝えて各々の生活に戻りたがっています。
有罪にせよ無罪にせよ、陪審員団の評決は全会一致が条件。全員が有罪に同意するだろうと思われたところ、たった一人が無罪に手を挙げ、「無罪と確信しているわけではないが、有罪と断定するには疑問が残る」と表明します。
思わぬ展開に場はざわつきますが、裁判中に提示された証拠や証言を様々な角度から検討し直すことになり、議論が進むにつれて各人が持ち合わせている偏見までもが炙り出されていきます。
この映画のポイントは、ほとんどの陪審員が「さっさと有罪にして切り上げよう」「自分には関係ない」と考えていたところから、徐々にものの見方を改め、主体性を取り戻していくという点です。
私たちも、ときには気が乗らない仕事と向き合うことがありますよね。しかし、それらの仕事にもさまざまな背景があり、手を抜くことで困る人がいる可能性がある。この映画は、そんな想像を働かせ、目の前の仕事の意味を見つめ直すきっかけになってくれるはずです。
自分なりに作った「脳内映画地図」が人生を豊かにしてくれる
映画の見方は観客に委ねられており、正解があるわけではありません。ただ、初回はストーリーを追うことに集中しがちになるので、2回、3回と繰り返し見ることで、プロならではの技法や意図をより深く楽しめるところはあるかと思います。
さまざまな映画を鑑賞する中で「自分はこの作品のどこに惹かれるのか」「どんな見せ方が好みなのか」が徐々にわかっていくといいですね。そうした軸を持つと映画を見るハードルが下がり、鑑賞体験が連鎖していきます。すると、脳内に自分なりの「映画地図」が広がり、映画から得られたものが着実に積み重ねられて、人生を豊かにしてくれるはずです。
また、好みの映画の傾向を通して自己理解が深まれば、他人に自分のことを伝える際にも役立ちます。「好きな映画のセリフを自己紹介に引用する」なんてこともできるかもしれません。
映画は、実は見ようと思うまでのハードルがなかなか高いと思います。とはいえ、今は映画館に行かずとも、配信サービスで作品を選び、再生ボタンさえ押してしまえば、2時間後にはその映画を見たことのある自分と出会えます。作品選びがボトルネックになりがちなので、あらかじめ何を見るか考えておくのもおすすめです。それは仕事の後のささやかな楽しみにもなるでしょう。
どんなに散々な日を過ごしても、「一日の締めくくりに映画を1本見た」という経験には気分を前向きにする力があると思います。少なくとも、映画を見て過ごした時間を後悔することはまずありません。
そうした日々の丁寧な積み重ねが、いつか自分を遠いところまで運んでいってくれるかもしれません。仕事の後には、ぜひ自宅でお気に入りのチェアに身を預けて、映画の世界に浸る習慣をつくってみてください。みなさんが豊かな映画人生を送れますように。
伊藤弘了
映画研究者、批評家
1988年生まれ、愛知県豊橋市出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。現在は熊本大学大学院 人文社会科学研究部 准教授。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)。
取材・執筆:小晴 アイキャッチ:サンノ 編集:モリヤワオン(ノオト)
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